当店の手作り唐揚げは小麦不使用、卵不使用、乳不使用、ニンニク不使用です。
生姜醤油に漬け込んだ鶏肉を片栗粉で衣付けして揚げています。これを竜田揚げという方もいます。
唐揚げにまつわる商品も扱います。たれ、ソース、スパイスなどです。

【アレルギー表示】 当店自家製の唐揚げは、小麦、卵、乳、ニンニク不使用。ただし、醤油の材料に小麦が使用されています。醸造により、小麦のアレルゲンが消失すると言われていますが、重篤な小麦アレルギーの方は購入をお控えください。

【出来立ての唐揚げの風景】 https://www.youtube.com/embed/GHutLD-n7EM

【孤高のからあげ用賀店が誕生するまでの経緯】  うおっほん、今日は孤高のからあげ誕生秘話について長広舌をふるってしんぜよう。 時は2013年、それはそれはいけ好かなくカッコいいITコンサルタントがいた。彼は不動産業界を相手に仕事をしていた。  

ある日、大手不動産会社の忘年会に招待され、そこで表参道で建築デザイン会社を経営するI社長と出会った。後日、Iさんからパーティをするから来ないか、とメールをいただいた。見ると、参加費二万円。いや、これは参加できないな、と思った。  しかし、気にはなった。参加者は富裕層になってしまうだろう、そんな人達とまとめて知り合う機会は今まで少なかったし、もしかしたら、人生が変わる程のいい仕事を得られるかも。結局、それに賭けてみることにした。  

そのパーティでチョークストライプのお洒落なダブルスーツを着たK社長と出会った。Kさんは池袋でリノベーションの会社を経営していた。後日、訪問し、雑談になったところでKさんが言ってきた。 「来るとき一階に唐揚げ屋があっただろう。あれ、月いくら売り上げていると思う。」 「えー、10畳位の広さでバイト2人でしたよね。そうですね、90万円位ですかね。」 「何言ってんだよ、600万だよ。」(注:当時の唐揚げブーム下で、かつ、開店時の話)  茫然自失した。

翌日、私は履歴書を書き、家の近所にあった同じフランチャイズの唐揚げ店の裏口を叩いた。 「すいません、おたくの池袋の店が一日20万円売り上げているってきいたんで、どんなもんか知りたくて、バイトしたいんですけど。」 「ふ、お前みたいな成り上がり狙い、飲食業界では珍しくないわ。明日から揚げに来てくれ。」  次の日、簡単な研修を受け、すぐ一人で店を任された。10分後、悟った。これは自分の性格にどえらく合っている。  半年やり、ノウハウ吸収後、辞めて、元のITコンサルタントに戻った。

 やり方は分かったけど、開業資金無いもんな。店を開くことは無理だな。それにバイトだけの経験で店を開くなんて、飛躍すぎるもんな。はあ、天職なんだけどなあ。  くすぶる日々を送って数か月、ある日、古い友人であるTさんから電話がかかってきた。 「君も知っているあのAさんがさ、東池袋で介護用弁当屋を始めたんだけど、全然、上手くいってなくて自殺したいって言うんだよ。助けてあげられるアイデアないかな。」 「私がその弁当屋の一角を借りて、唐揚げ屋をさせてもらえませんか。賃料払いますよ。」 2014年11月、東池袋の住宅街に「孤高のからあげ」が実験店ながらも誕生した。

 試行錯誤したが、独自性を打ち立てられないでいた。ある時、近所の庭先でマクラーレン、フェラーリ、ジャガーを並べて洗車していた上下白のジャージの人に「あ、あのー、ご試食いかがですか。」と唐揚げを持って行った。その人は、口に唐揚げを放り込むと、意外にも多岐にわたるアドバイスを語り始めた。正体は複数のレストランのオーナーだった。その人のお陰で、独自性が確立した。

 翌年1月末、上手くいった唐揚げ店を自殺願望強いAさんに譲ることにし、Aさんは自殺を考えなくなった。 一部始終をみていたTさんは、「君がどこかで唐揚げ屋をするときは、開業資金を無利子で貸してあげるよ。」と言ってくれた。  再び、唐揚げから離れることになった私だったが、東池袋での成功で自信をつけ、住んでいる用賀で唐揚げ店を開く決心をした。

 2015年2月、用賀駅を中心に空き店舗を物色した。用賀駅から桜新町駅方面へ自転車を走らせていた時、古くて小さい一軒家が目に入り、扉に空室の札が掛かっていた。通りに面して、角地、これだ。札にあったC不動産会社に電話した。 「あのー、用賀4丁目の角にある空き店舗の前にいるんですが、まだ空いてますか。」 「おたく、何やるの?」 「唐揚げ屋です。」 「だめ、貸せない。飲食不可。しかも、唐揚げ屋なんて絶対だめ。」 1分もせず電話は終わった。しかし、思い直してまたかけた。 「なんだよ、だめだったら。」 「いや、この物件はもういいんです。もし、似たような物件が出たら、ご連絡いただきたくて、その、一度、顔見せに訪問してもよろしいでしょうか。」 「あー、えー、ま、いいか、どうぞ。」

 店の企画と自己紹介の書類を持って訪問した。その後、引き続き用賀を中心に不動産屋を20軒ぐらいまわった。が、好きになれる物件には出会わなかった。  一週間後、携帯(スマホはまだない)が鳴り、表示を見るとC不動産だった。出るといきなり言われた。 「おまえな、用賀じゅうの不動産屋全部行っているだろ。」 「え、あ、はい。」 「全部、うちにかけてくるんだよ。唐揚げ屋を開きたいって言う奴が来たんだけど、おまえんとこのあの一軒家、ちょうどいいんじゃねえかって。そいつならもう、俺んとこに来て断ったよ、って、もう何十回も言ってんだよ。仕事になんねえだろ。」 「すいません。」 「たく、しょうがねえな。いいよ、貸してやるよ。明日、契約に来い。」

 C不動産との電話を終えた直後、Tさんに電話した。 「Tさん、店見つかりました。あの、開業資金300万程、貸してくださいませんか。」 2015年4月21日、孤高のからあげ用賀店がオープンした。

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